#006 西城秀樹と松田聖子


 ここでは、「イーチタイム・ストーリー」のコーナーの「木の葉のスケッチ その2」の回について、そのオプション≠ニもいえる内容をまとめました。 

 西城秀樹は1980年代初め、「リトルガール」を皮切りに「セクシーガール」、「センチメンタルガール」というガール3部作≠シングルとしてリリースしています。1作目の「リトルガール」は大滝さんの「ロングバケイション」や太田裕美の「恋のハーフムーン」と同じ1981年 3月21日の発売で、オリコン史上初のシングル30曲ベストテン入りを果たした曲でした。

 もしかしたら、この「リトルガール」の「続編」シングルを、というかたちで、松本隆=大瀧詠一コンビにオーダーがあったのではないか、そんなふうには考えられないでしょうか。太田裕美の「さらばシベリア鉄道」が1980年の11月に世に出たことで、松本=大瀧ペアの始動が注視された、とも考えられます。

 大瀧さんは西城秀樹への提供曲「スポーツ・ガール」の下敷きソングとして、1965年のフレディ・キャノン(Freddy Cannon )のヒット曲「アクション」のB面作品である「ビーチウッド・シティ」をイントロに引用しています。さらに、フランキー・アヴァロン(Frankie Avalon)の1963年のヒット曲、「ビーチ・パーティー」を歌いだし部分に引いてきているようです。
 一方、西城秀樹へのもうひとつの提供曲「ロンサム・シティー」には、「木の葉のスケッチ その2」でも述べたように、リップコーズの「ビーチ・ガール」をモチーフに使っています。提供曲の元ネタに「ビーチつながり」という小ワザをしのばせつつ、当時のスケジュールからすれば、大瀧さんが職業作家なみの早さでオーダーどおりにサマー・シーズンの新曲を仕上げ、同曲の3月3日のレコーディングに間に合わせたのではないか、という推測もできるのです。

 しかし、そこに思わぬ伏兵がいました。横浜銀蝿です。
 「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」が大ヒットして脚光を浴びていた彼らの方が、より一般受けして話題性もある、と判断されたのでしょうか。横浜銀蝿作詞・作曲の「セクシーガール」は 6月21日に発売され、西城秀樹の31曲目のベストテン入り作品となり、セールスも好調でした。
 松本=大瀧コンビの2曲は、シングルにこそならなかったものの、1981年7月5日発売のアルバム「ポップンガール・ヒデキ」に収録されて世に出ることになった、という筋書きも考えられるのです。
 
 当時の西城秀樹は円熟味を増していたものの上り調子ではなく、シリーズ3作目の「センチメンタルガール」はオリコンのベストテン入りを逃し、セールスは10万枚にも届きませんでした。
 ものは考えようで、松本=大瀧コンビが歌謡界に向けて放つオリジナル作品第一弾ないし第二弾として、もしも「スポーツ・ガール」がシングルとしてリリースされてセールスでコケていたら、このコンビによる1980年代歌謡界での華々しい活躍は、無いモノになっていたかもしれません。
 アルバムの中の名曲としてナイアガラーに語り継がれている現状で、良かったのかもしれないと思うのです。  

 ナイアガラにおいて、シングルにならなかった幻のA、B面作品のペアだと言えなくもない、もう一つのコンビネーションが思い浮かびます。大瀧詠一さんが、1982年11月リリースの松田聖子のアルバム「Candy 」に提供した「Rock'n'roll Good-bye」、「四月のラブレター」の2曲がそれです。

 たとえば、「Rock'n'roll Good-bye」。歌いだしこそ、コニー・フランシス(Connie Francis)が歌った、ニール・セダカの出世作「Stupid Cupid」っぽいですが、曲の骨格は、まるまるフレディ・キャノンです。フレディ・キャノンの後期の代表曲「アクション」の要素が、これでもかと詰め込まれています。「Action」のレコーディングには、レオン・ラッセル、ジェイムズ・バートン、グレン・キャンベル、ハル・ブレインといった腕利きミュージシャンが参加しており、そのにぎやかで厚みのあるロックンロール・サウンドが、大瀧さんのツボにはまったのでしょうか。
 さらに「Rock'n'roll Good-bye」のリズムのバッキング・パターンは、フレディ・キャノンの曲「All American Girl 」から、途中のメロディも同様に彼の「Summertime USA 」から、それぞれ影響を受けているようです。
 
 たとえば、「四月のラブレター」。多くのヒット曲を放ったフランキー・アヴァロン(Frankie Avalon)が歌う、1959年の全米1位のヒット曲「ヴィーナス」が全面的にフィーチャーされて、曲の骨格をなしていると思います。「風立ちぬ」や大滝さん自身の「恋するふたりでも、「ヴィーナス」で聞かれるコーラスのフレーズが登場することから、大瀧さんはこの曲がお気に入りなのでしょう。

 「フレディ・キャノン&フランキー・アヴァロンの連合軍」で挑むという構図は、西城秀樹への提供作品と同じアプローチのように見えます。うがった見方をすれば、ヒデキのときの意趣返しだ、と取れなくもない(笑)のですが、結局のところ「Rock'n'roll Good-bye」と「四月のラブレター」は、松田聖子のアルバムの中のキラーチューンではあっても、シングルとしてのリリースには、至らなかったわけです。
 これはあくまでも、「うがった見方」でして。当時の松田聖子の「赤いスイートピー」以後のラインナップからすれば、これら2曲はシングル曲として投入するのには「冒険作」とも言えそうです。「ナイアガラ的作曲手法」が駆使された全力投球の「風立ちぬ」と比べてみると、肩の力が抜けた自由な作風でもあります。実際のところは、制作サイドの「アルバムを彩り豊かに」なんてオーダーに大瀧さんが応えてみせた、というあたりが正解なのかもしれません。




mail to : rentaro_ohtaki@yahoo.co.jp