#01 「Tシャツに口紅」

 ラッツ&スターとしての再スタート曲「め組のひと」がヒットし、ノリにノッていた彼らに提供された「Tシャツに口紅」は、以外にも地味目な作品で、歌番組で見ていても何だかテレビばえのしない曲だと感じたものでした。
 大滝さんが何故こんな静かな曲を彼らに書いたのか、この疑問は後の「大瀧詠一作品集1」の解説を読んで、明らかになりました。しかるに『ベン・E・キング時代のドリフターズをベースにしたらどうか、と考えて』作ったのだと。そして、イントロのギロは「スタンド・バイ・ミー」を意識させるものだとも。

 この「Tシャツに口紅」が録音されたのは1983年の7月。大滝さんがイーチタイムのレコーディングを中断していた時期に録られたものでした。一連のイーチタイムの流れの中で生まれた「Tシャツに口紅」と「恋のナックルボール」の両曲のサビの部分のメロディは、共通しています。以下の部分を同時に、あるいは両者のところどころ入れ替えながら、歌ってみると実感できると思います。

 「色褪せたTシャツに口紅(バドゥビドゥ) 泣かない君が
    (バドゥビドゥ)泣けない俺を〜」

 「恋のナックルボール(変化球) 変化球のー
    (指がぁ) 指がすべり〜」

 書籍「オール・アバウト・ナイアガラ」の年表で、「恋のナックルボール」は、レコーディング再開後の1984年1月にアップテンポにして録音し直された旨の記載があります。ならば、『スローテンポの恋のナックルボール』の趣が、「Tシャツに口紅」に受け継がれていったのではないのか、とも思えます。

 この曲のタイトルを考えたのは、大滝さんなのか松本隆氏なのか不明ですが、旋律は典型的な『ナイアガラ詞先メロディ』のように感じます。歌いだしの部分では、おなじみの『ナイアガラ哀愁コード進行』も聞かれます。このコード展開は、後の鈴木雅之のソロ・ナンバー、「ガラス越しに消えた夏」に引き継がれていきます。

 鈴木雅之は、シャネルズ時代からソロも含めての作品の中で、この「Tシャツに口紅」が一番好きな曲だと言ってはばかりません。印象的なイントロ、マリンバが効果的なやさしいサウンド、今は亡きG・H助川氏が奮闘した透明感のあるエコー、大滝さんが足元にテープを貼って立ち位置を指定したという緻密なバランスのコーラス…、これらが相まって、「Tシャツに口紅」は名曲に昇華しているのでしょう。
 殊にイントロは、シャドウズ(THE SHADOWS)の「Theme For Young Lovers」という曲からヒントを得て引用されているようですが、シャドウズがギターで奏でた旋律を、大滝さんはピアノで弾かせています。この前奏のピアノが流れ、ギロがギュッと鳴った瞬間に、聴く者はその世界に引き込まれるのだと思います。

 ラッツ&スターのピアニスト山崎廣明と活動を供にしたこともある、横山剣のクレイジーケンバンドに、そして、かつて「君は天然色」を歌い、この「Tシャツに口紅」も大好きだというゴスペラーズにもカバーされ、名曲は静かに後々まで歌い継がれてゆくのだと実感しているところです。



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